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大学入試への「情報」の導入は、「情報」をより良くするチャンス
東京都立町田高等学校 小原 格先生
2012年12月15日、フォーラム「情報教育と大学入試」にて講演
「問題解決力」の育成は教科「情報」に期待されている
高校における教科「情報」は、生徒の「生きる力」を養うとともに、日本の産業の将来を考えるうえで極めて重要な教科です。しかし、一般的には「情報=パソコン」と捉えられることも多くあり、パソコンで特定のソフトが使えればいいとなりがちです。ルールに則って決められていることを正確に遂行する能力は大事なのですが、「この能力だけで生きていける時代はまもなく終わる」と生徒たちにはつねづね伝えています。情報技術が進展すればロボットやコンピュータがその替わりをしてくれるでしょうし、現時点でもより人件費コストの安い海外にアウトソーシングする流れもあるわけで、「今後の日本社会では皆さんに求められる能力の質が変わり、このような単純作業は皆さんがする仕事ではなくなっていくでしょう」と。
このような状況のなか、新学習指導要領では、「知の技法」とも関連の深い「問題解決」に関する学習が大きな目的の1つとなりました。これは、現在求められている「PISA型学力」にも通じるもので、この能力の育成を主眼においた授業が、教科「情報」では期待されているのです。
「情報」教員が採用されにくい仕組み
しかし、2012年12月12日の読売新聞記事でいわゆる「未履修問題」が大きく取り上げられたように、高校における情報科での教育が全体的に軽んじられている傾向にあることは皆様ご存知のことと思います。
学習指導要領上の本来の位置付けとしては、教科「情報」は2単位必履修ですから、50分間の授業を週に2コマ分、これを1年間行うことが標準的となっており、また、情報科で得られた知識や技能を他教科で活用することも期待されているため、本来は高校低学年の段階で組み込むことが理想とされています。しかし現状では、「受験に関係ないから週1時間でいい」あるいは「1、2年次は受験教科の方が大事だからとりあえず3年生のカリキュラムに入れておこう」というスタンスをとる学校が多くあることが記事から推測され、とても残念です。
このような現状が作られている背景には、教員定数や教員採用の問題が大きく関係していると私は感じています。公立校に関してみると、学校には教員の数が決められているため、特に小規模の学校では、情報科の専任教教員が配置できない事情が推察され、専任教員のかわりに非常勤講師や他教科との兼任で賄うことになるケースが非常に多いようです。そのため、どうしても「情報」が手薄になってしまいがちになります。また、「中野情報教育研究室(http://nakano.ac/)」の調査によると、実際に情報科教員の募集を行っている自治体は毎年15都府県前後しかなく、さらにその中でも、採用試験を受けるためには情報の他に数学や理科などの他教科の教員免許も持っている必要がある自治体も毎年半数近くあり、情熱を持って情報科教員になろうと新しい知識を身につけた方が情報科教員を目指す上での大きなバリアとなっていることは間違いないかと思われます。学習指導要領をはじめとし、情報教育の重要性が多くのところで多くの方々から指摘されている現在、高等学校の情報教育の中枢を担う教科である情報科専任教員の定数確保や教員採用にこそ、その価値を見いだしていただくことができれば、と思っています。
守備範囲が広すぎる「情報」を、理科や数学と同様、分野別に
もう1つの問題としては、以前から言われていることですが、教科「情報」が抱える守備範囲が非常に広いという状況があります。教える内容は、極端に言えば、道徳、社会、国語、数学、美術、音楽、理科等ほぼ全教科にわたり、加えて、問題解決や情報科学等、情報科ならではの内容がある。指導要領にある内容を突き詰めて取り組もうとすると、とても週に2時間の授業では終わらないのです。
ですから「情報科のスタンダード」とは何かを考える必要があるわけです。情報の学習内容を個人的に整理すると、全員が身につけてほしい内容と、より専門的な内容の2つに大まかに分かれるのではないかと思っています。
全員に身につけてほしいベース部分は、情報モラルや、知の技法という意味での問題解決、社会を支える情報技術、情報科学の基礎、メディアとコミュニケーション等。それを履修した上で、より専門的な内容、例えば、情報科学・情報技術の応用、ソフトウェア、ハードウェア、高度な問題解決に必要な技術等を、興味関心のある生徒には選択できるようにする。いろいろな研究会などでも「次期学習指導要領では2つに分けたほうがいい」という意見があがっているようですし、私も全くその通りだと思っています。理科や数学のように、情報科も分野別に分けないと、1人の教員が、しかも2時間で教えるには、とても無理があるのはという気がしています。
中学の「技術家庭」を知り、高校の「情報」とつなげる
教科「情報」を教える高校教員として、中学や大学とのスムーズな接続はつねに考え続けており、まずは各段階で学習すべき内容を互いに知ることが大切だと思っています。情報を入試科目にすることを検討されている大学の先生方は、高校の学習指導要領を丁寧に読み取り、そこに提唱されている内容を深く理解されたうえで問題を作っていられることだと思います。恥ずかしい話ですが、高校で教えている教員側も、他教科や他校種での指導要領の細部までは読み込んでいないこともあろうかと思います。教員の中にも、「情報=パソコン」のイメージで指導してしまう場合もあるので、まずは学習指導要領をよく読み込み、教えるべき点を確実に把握し、それに基づいて教科書の内容や教材を十分に研究していくとともに、日々新しくなる情報技術や知識をどんどん取り入れていこうとする気持ちが大切かと思います。加えて、高校教員は中学校の「技術家庭」を見て「今はこういうことを教えているんだな」と知り、中学と高校の接合を考えていく必要がある。その重要性をすごく感じています。
入試は、大学から建設的な意見がもらえるチャンス
大学入試で「情報」が採用されることにより、教科「情報」で学習すべき内容を、大学で問題を作る方々に理解いただけるという点には、大きな意味があると私は思っています。教科の中身を理解いただいて、大学から「高校ではこうしたほうがいい」「このような内容をもっと学習するべきである」等の建設的な意見を頂けるチャンスが増えれば、双方にとって有意義だと思うのです。今は「鶏が先か卵が先か」という議論と似た状況が続いており、大学側は「高校で学んでいることがわからないから試験を作れない」、高校側は「大学がどういう入試問題を作るかわからないからそれに合わせた授業ができない」という足踏み状態にあるように思うのですが、明治大学が模擬問題まで公表して入試を行うことで、高校現場には「投げられたボールをきちんと受けとめて返さなければいけない」という新たな気持ちが生じていると思います。
大学入試は出題分野と出題形式を多様に
では、どのような形の入試がいいか。現場の高校の教員の立場でいうと、やはり現時点での拠り所である学習指導要領や教科書をもとに学習を積み重ねた生徒がきちんと評価されるような試験問題がありがたいと思っています。他教科のセンター試験も教科書が基本になっていて、個別入試では多少の「揺らぎ」がありますよね。情報もそれと同じでよく、特別にする必要はないんじゃないかと思っています。
試験の形態には少し工夫が必要になるでしょう。たとえば数学の分野が数I、II、III、数A、B、Cとわかれ、大学によって受験科目の指定があるように、情報の入試においても、どの分野を問うのかを分けてもいいと思います。
そして、大学の「求める学生像」に合う入試をするという意味では、分野ごとにいろんな試験の形態があっていいと思います。たとえば、プレゼンテーション形式の入試があってもいいでしょうし、情報科学を重視している学部なら計算能力を問う問題をがんがん出すこともあるかもしれません。問題解決系であれば記述をさせて多角的にしっかり見ようということもありえます。試験形態を工夫する余地はいろいろあるのではないか思っています。
●小原格先生プロフィール
平成5年から東京都高等学校の数学教員として教壇に立ち、平成12年に現職講習を受けて情報科の免許を取得。平成15年から情報科教員に。平成22年・23年は進路指導主任も担当。