情報処理学会第76回全国大会 イベント企画

セッション「高校での情報教育―2013年度学習指導要領のもとで:普通科・専門学科、および教員養成」

サイエンスとしての教科「情報」

柏木隆良先生 神奈川県立鎌倉高等学校 校長


2013年度からの新学習指導要領のもと、多くの高校で実施されていた「情報A」が「社会と情報」に変わりつつあります。教科「情報」の立ち上げから情報教育に深くかかわってきた柏木先生は、その変遷での問題点を浮き彫りにしました。

 

柏木隆良先生
柏木隆良先生

Word・Excel・Power Point重視だった? 旧学習指導要領の教科「情報」

 

私は現在は鎌倉高校に勤めていますが、2003年度(平成15年度)の教科「情報」立ち上げの頃は、神奈川県立教育センターで仕事をしておりました。その後いわゆるコンピュータの好きな子の集まる専門高校、普通科高校と、いろいろな現場で一貫して情報教育にかかわってきました。

 

まず、2003年(平成15年)度の普通教科「情報」と2013年度の新しい共通教科「情報」で、学習指導要領の目標にどのような違いがあるかを比べてみました。文言はほとんど変わっていません。ただ「…情報科の進展に主体的に対応できる能力と態度を育てる」という部分は、文章的に同じですが、その内容を見ていくと、新学習指導要領の教科「情報」では、この部分をより強化しようとしていることがうかがえます。

 


もう少し分析してみましょう。皆さんはご存知と思いますが、情報教育の目標の3観点というものがあります。

(1)情報活用の実践力

(2)情報の科学的な理解

(3)情報社会に参画する態度

 

この3観点で、旧学習指導要領の「情報」ではどの目標の比重が高かったかをグラフにしてみました。赤が(1)、水色が(2)、黄が(3)に対応します。

 

まず、「情報A」。「情報A」を取り上げるのは、旧学習指導要領の情報A・B・Cの中で、普通科高校では「情報A」を教えることが圧倒的に多かったからです。こうして見ると、やはり「情報A」は(1)の「情報活用の実践力」が大きいことがわかると思います。これに対して、(2)の「情報の科学的理解」の部分はかなり少ないことも見て取れます。

 

2003年度に教科「情報」が始まった当初はこのような分布ではありませんでした。当時はけっこう(2)の「情報の科学的理解」の部分が大きかったのですが、どんどん(1)が増えるという流れがありました。これは、いわゆるアプリケーションを使うこと、つまり情報活用の実践力を養うという目標に対応しています。このアプリケーションというのが、最初はWordとExcelでした。最近ではこれにPower Pointが加わっています。Power Pointは教える側にとってすごく都合がいいのです。なぜかと言うと、Power Pointは発表という時間を取ることができるので、いろいろな意味で授業時間を有効に使えるわけですから(笑)。

 

「情報B」は、コンピュータを効果的に活用するための科学的な考え方や方法を身につけることを目指すものですので、当然、(2)の「情報の科学的な理解」の比重が高くなっています。一方、「情報C」は、表現やコミュニケーションにコンピュータを活用し、情報社会に参画するための望ましい態度を育てる科目ですから、(3)「情報社会に参画する態度」の比重は高くなります。ただ、情報BとCは情報Aに比べ、実際授業で採択している学校は少なかったので、全体としてみると、旧学習指導要領の教科「情報」は、圧倒的にアプリケーションを活用する力を養う授業が多かったといえるわけです。

 

新学習指導要領~情報モラルの出番が増えた

 

今度は2013年度の教科「情報」を、同様のグラフで見てみましょう。

 

まず「社会と情報」ですが、一見して明らかなように、(3)の「情報社会に参画する態度」の比重が増えています。これは、旧学習指導要領の教科「情報」の授業の反省から生まれた動きです。アプリケーションを使う授業がどんどん増えてしまうのは困る。それよりも、今は情報ネットワーク社会の影の部分、つまり情報モラルが問題になっているから、ネットワーク社会の中でどうやって生きるのかを教えることが重要だ、ということがあったと考えられます。

 

もう一つ、「情報の科学」をご覧ください。科学的な理解を学ぶ科目ですから、当然、(2)の「情報の科学的な理解」は増えます。でも、実際は情報倫理として(3)の比重もけっこう大きいことがわかります。「情報の科学」では、二進法とかハードウエアの仕組みが中心だと思われるかもしれませんが、最近の流行は違うのです。「情報の科学」の単元に「問題解決とコンピュータ」というのがあります。ここを教える時は、生徒に社会的なテーマを与え、ディスカッションをさせるという展開が、最先端の良い授業だとされています。この中には、当然情報モラルの問題が入っています。

 

現在、8割近い高校が「社会と情報」を採用しています。その背景には、スマホなどSNSの問題もあります。生徒たちを観察していると、面と向かっての人と人のコミュニケーションは当り障りのない会話をしよう、でも自分の本心はSNSでよくわかってくれる仲間だけに伝えようとしています。ところが、そういった仲間ではない子がSNSで書かれたことを読んでしまった時は、必ずといってほどトラブルが起きます。そうなると、学校の生徒指導で情報モラルを教えることは必須だよね、という状況になってくるのです。


小中学校の情報教育はどうなっているか

 

一方、中学の情報教育は、主に技術・家庭の「技術」の時間を使って行われます。1、2年生は70時間、3年生は35時間。高校の単位数に換算すると5単位になります。技術・家庭合わせて5単位なので、技術はその半分、さらに情報は技術の時間の4分の1なので、情報にあてられる単位数は5÷2÷4=0.625単位になります。しかもこの0.625単位の中に、かなり大きな比重で情報モラルが入っています。

 

小学校では、1、2年の道徳の授業で情報モラルが出てきます。さらに、3年から6年で習う「総合的な学習の時間」では、「情報に関する学習を行う際には、問題解決や探究活動に取り組むことを通して、情報が日常生活や社会に与える影響を考えたりすることなどの学習活動が行われるようにすること」とあり、やはり情報モラルを教えるのです。このように、今学校現場の情報教育は、小中高校ともにまさに情報モラル一色なのです。

 

未来の情報教育はどうあるべきか

 

私は、ネットワーク社会における「生きる力」は、学校教育全体で取り組む問題であり、教科「情報」が全面的に担うものでないと考えます。未来の情報教育は、情報モラルは小学校で教え、中学校では「技術・家庭」と分離して情報リテラシーを、高校でサイエンスとしての情報教育を教えるというのが理想であると考えます。

 

現在小学校1・2年には「生活」という授業があります。目標には「生活上必要な習慣や技能を身に付けさせ、自立への基礎を養う」とありますが、そこで情報はまったく扱っていません。しかし、情報社会で生きていくための情報モラルの指導は早い段階で絶対、必要です。そこで、「生活」で情報に触れられていないとなると、1・2年の道徳の時間、その後3~6年の総合的な学習の中できちんと教える必要があります。

 

それを受けて、中学校では、現状の技術家庭の枠の中だけでは厳しいので、情報リテラシーを教える独立した時間を取るべきだと考えます。

 

高校でこそ、「サイエンスとしての情報教育」を

 

さて結論です。高校ではやはり「サイエンスとしての情報教育」を目指すべきであると考えます。教科「情報」において、サイエンスの部分の教育が行われていないことは明らかです。数学は微分・積分等を、物理は剛体の力学等を、生物はDNA等を教えますが、情報はせいぜい二進法の計算どまり。他教科とあまりにもレベルが違います。そういう状況だから、情報入試の問題を作られる先生方はすごく苦労されるのです。逆に、サイエンスとして情報を教えないから、数学のように生徒のモチベーションが上がらないと思います。

 

高校で、サイエンスとしての情報教育でやるべきこととして、例えば、情報を確率の関数ととらえたシャノンの情報理論とか、情報量の不確定さについて述べた情報エントロピーの問題などがあります。あるいは、プログラミングは大事ですが、プログラミング言語を学ぶだけではなく、アルゴリズムを実現するためのツールとしてのプログラミングをもっと教えるべきです。これらによってこそ、IT立国日本の情報教育は進むのではないでしょうか。