中高生のネット利用のトラブルと問題点
2013年8月の厚生労働省の「ネット依存の子どもは52万人」の発表は、社会を震撼させました。それから半年、事態は確実に進行していると考えられます。
河合塾では、東日本エリアのメンタルサポートセンターのカウンセラーと校舎スタッフを対象に、本サイトで「ネット依存相談の窓口から」を連載している遠藤美季氏を招いてネット依存・いじめに関する研修会を行いました。子ども達の学習にも大きな影響を与えかねないネット依存問題について、東京大学大学院情報学環 橋元良明教授の調査データをもとに、お話しいただきました。(2013年11月30日実施)
1.増加するネット利用とスマホの普及
52万人ものネット依存症の中高生
マスメディアが高い関心を持つようになったのは、2013年8月に厚生労働省研究班(※)による中高生のネット依存調査の結果が発表されたことが最大のきっかけだと思います。新聞等でご覧になった方もあると思いますが、全国の中学生の6.0%、高校生の9.4%、推計すると約51万8000人もの子ども達が「ネット依存」、つまりネットを病的に利用している、という調査結果でした。アンケートの8つの質問に「はい」か「いいえ」で答えて、「はい」が5項目以上あった人の割合がこれほどの数に上ったのです。
※日本大学医学部の大井田隆教授が代表となって厚生労働科学研究費補助金を受け、4年に1回、中高生を対象に喫煙・飲酒の実態と関連要因を調査研究し、生活習慣病対策の総合研究を行っている。今回その調査の中にインターネットに関連する項目があり、発表の際にその利用の実態がクローズアップされて大きな話題となった。
・中高生への質問事項(厚労省研究班のアンケート調査より)
1 インターネットに夢中になっていると感じるか
2 満足を得るために、ネットを使う時間を長くしていかなければならないと感じるか
3 使用時間を減らしたり、やめようとしたりしたが、うまくいかなかったことが度々あったか
4 ネットの使用をやめようとした時、落ち込みやイライラなどを感じるか
5 意図したよりも、長時間オンラインの状態でいるか
6 ネットのため、大切な人間関係、学校、部活のことを危うくしたことがあったか
7 熱中しすぎていることを隠すため、家族や先生にうそをついたことがあるか
8 嫌な気持ちや不安、落ち込みから逃げるためにネットを使うか
ただ、この調査はあくまで自己診断での回答によるものです。ですから、たとえば「自分はネットを使いすぎだ」とか「現実からの逃避にネットを使っている」といった自覚のない子や、そもそもネットをやめようと思ったことがないといった人は、「はい」が5つに満たないケースもあると考えられます。つまり、ネットの利用時間を特に決めていないという人や、常にネットを使っているという人が、「意図したよりも、長時間オンラインの状態でいるか」に「いいえ」と答えて、依存傾向にあるにもかかわらず調査結果から漏れ落ちるというようなケースが出てくるわけです。こういった可能性を考慮に入れると、ネット依存の子どもの数は、実際には52万人よりもっと多くなる可能性があると言えるでしょう。
スマホの所持率は大幅に上昇
こうしたネット依存増加の背景には、スマホの普及やLINEなどのアプリの流行があります。
リクルート進学総研が、高校生のデジタル機器所有状況を調査した結果によると、2011年から2013年の間に、高校生におけるパソコンの所持率はさほど大きくは変化していませんが、スマホの所持率は14.9%から55%へと飛躍的な伸びを示しています。タブレットPCも5.9%から15.6%に上昇。その一方で従来型の携帯電話(フィーチャーフォン<ガラケー>)は、81.1%あった所持率が46.4%に低下していて、子ども達の間に「ガラケーからスマホへ」という大きな流れがあることは明らかです。
このアンケートでは、これらの機器を普段どんな時に利用しているかという項目もあり、「通学時」「学校の授業」「休み時間」「放課後」など朝起きてから夜寝るまでのいろいろな生活の場面でのパソコン、スマホ、携帯電話それぞれの利用率を調査しています。その結果の中で目を引くのが、「布団に入ってから寝るまで」という場面でのスマホの利用率の高さです。このことが睡眠不足につながるのではという話もありますが、とにかく、スマホというデバイスが布団やベッドに入ってからも使われていることがわかります。
さらにその利用目的について見ると、電話やメールだけでなく、調べものや情報収集、ソーシャルメディアの利用から、動画を見たり音楽を聴いたりといったエンタメ系まで、実に幅広い用途にわたっているという結果が出ています。要するにスマホは、ほとんどパソコンと同じ使われ方をしており、その点で従来のガラケーとは大きく異なっています。
ネット利用時間は確実に増えている
ここで東京大学大学院情報学環の橋元良明先生の研究室の調査からご紹介したいと思います。
インターネットに依存すると、当然ながらネットの利用時間が増えます。橋元研究室の調査のうち、10代の生活時間の変化に関するデータを見ると、10代の子ども達のネットの利用時間は近年どんどん増加しています。
その一方で睡眠時間は少し減ってきている。先ほど「布団に入ってから寝るまでの間のスマホ利用率が高い」という話をしました。ただ、このデータだけでは、ネット利用の増加により睡眠時間が減ったとははっきりわかりません。
生活時間の変化に関しては、「スマホを所有する前と後で自分のライフスタイルにどういう違いが生じたか」を訊ねた調査もあります。これは小学4年生から社会人までを対象とした調査で、小学生・中学生・高校生・大学生・社会人のいずれも、スマホの所有後には、ネットを利用する時間や、ネット動画を視聴する時間が以前より増えたとする回答が多数を占めています。それに対して、勉強時間、テレビの視聴、睡眠時間は減ったとする回答が多い。ただし、この調査は、回答者それぞれの自己認識を訊いたものなので、これらの増減に客観的な相関関係があるとはいえず、あくまで「ネットの利用時間が増えて、睡眠や勉強の時間が減ったと感じている人が多い」という話です。
一番多いのはネット動画の視聴
ネットの利用時間についてもう少し詳しく見ると、小学生よりは中学生、中学生よりは高校生と、年齢が上がるにつれて利用時間が増えて、高校生・大学生になると非常に多くなります。その背景には、もちろん機器の所持率が上がるということもありますし、保護者がネットを自由に使わせるようになるということもあるでしょう。
また機器ごとのネット利用時間の違いに着目すると、中学生でも高校生でも、パソコンでネットを利用する時間よりも、スマホで利用する時間のほうがはるかに増えています。
では、子ども達はいつどこでスマホを使っているかというと、橋元研究室の調査では、自宅での利用が一番多いという結果が出ています。モバイル端末と言っても、学校から帰宅して寝るまでの間に使う時間が一番長いわけです。高校生の場合には、学校への携帯電話・スマホの持ち込みがOKになるため、学校での利用時間もそれなりにあって、ここは基本的に学校へ持って来てはいけないことになっている中学生との大きな違いです。しかし震災以降、「基本はダメだが、非常時に備えて、使わなければ持って来てもいいよ」という様に中学校も変わってきているという話も聞きます。
では、特にどういうことに長時間スマホを使っているかというと、ソーシャルメディアに書き込んだり、ブログを見たりといった、人とのかかわりに関することが多い、という傾向にあります。
ただ、スマホに限定せずパソコンまで含めると、実は子ども達が一番長時間使っているのはネットの動画の視聴です。YouTubeやニコニコ動画、Ustream、ツイキャスといったものを、主にパソコンで楽しんでいるのです。エンジェルズアイズでも中学校・高校でアンケートを取っていますが、そこでもネット動画の利用時間が一番多いという結果が出ています。
プロフィール
遠藤 美季(えんどう みき)
任意団体エンジェルズアイズを主宰。アニメーションカメラマン、PCインストラクターを経て、保護者・学校関係者に対し子どものネット依存の問題の啓発活動を展開するため、2002年にエンジェルズアイズを立ち上げる。PCインストラクターをしていた頃、生徒やインストラクター仲間のなかに、インターネットをしているときに人格が普段と一変してしまう人を見たのがきっかけ。2005年からはWeb上での普及啓発活動を、2006年からは保護者、子どもからのメールによる相談の受け付け、助言も行っている。ネット依存は予防こそが決め手であるが、当然ながら、相談者にはすでにネット依存に苦しんでいる人たちや家族からのものも多い。
講座内容のひとつ「情報モラル講座」ではトラブルを避け快適なネット利用についてアドバイスも行っている。またアンケートによる意識調査や取材などを通じ、現場の声から未成年のネット利用についての問題点を探り、ネットとの快適な距離・関係の在り方について提案している。
※情報教育アドバイザー