授業事例41
「IT断食」から、IT活用を考える
~「依存している」と気付いたところから、いかに行動を変えていくか
埼玉県立浦和高校 木戸俊吾先生
この「『IT断食』から、IT活用を考える」という取り組みは、前任校の情報と道徳の授業で行い、さらに今年着任した浦和高校の「アドグル」でも行ってきました。今回は、これをご紹介します。
アドグルというのはアドバイザーグループの略で、「総合的な学習の時間」の中で教員が提示したテーマについて生徒が議論をしたり、調べてきたりして、最終的には論文を書くというところまで行うものです。大学のゼミのようなものを想像していただければよいかと思います。そこで私は、携帯依存とかネット依存に対して調べていくチームを作って、この取り組みを行いました。
ネット依存には厳密な定義がない
ところで、ケータイ依存、ネット依存って何ですかと聞かれたら、どう答えますか? だいたいイメージするのは、携帯がずっと手離せないとか、パソコンにずっと向き合って引きこもりみたいになってしまう状態ではないかと思うのですが、実は世界的に決められた基準、厳密な定義というものはありません。「気付いたら思ったよりも長い時間スマホを使っていることがありますか」とか、「友人と過ごすよりもインターネットを選ぶことがありますか」「何よりもまずしなければいけないことの前にメールのチェックをしますか」といったチェック項目が並んでいて、例えば10個中7個以上チェックがついたら依存度が高いですよ、気を付けてくださいね、という判断をしています。
また、「まわりと比べてあなたはどのくらいケータイを使っていますか」。僕はこの質問をよくするのですが、「どのくらい」というのは、「まわりと比べて比較して」というのが大事なところだと思っています。まわりよりも多いのか、それとも少ないのか、それとも同じくらいなのかなという、三択で聞くと、高校生は「だいたい同じか、僕は少ないと思います」と答えてきます。
「では、その携帯を何に使っているの?」ということになると、例えば自習室などでもスマホを横に置いて勉強している子もいますよね。そこで、「なんでスマホを置いてるの?何に使っているの?」と聞くと、「スマホを使うことで勉強の効率が上がるんです。わからない英単語をすぐに調べられますし、日本史でわからないところがあったら、すぐにネットで調べて疑問を解決できるじゃないですか」とか、「緊急時の連絡に絶対必要ですよね。待ち合わせのときも連絡を取り合いながら会うことができるので、すごく便利じゃないですか」と答えてきます。
IT断食によって「本当に携帯が必要なのか」を考えさせる
でもよく考えてみると、それって本当にスマホでしなければいけないことでしょうか。実際は、それ以外のことで使っている時間のほうが多くないですか、ということです。自分は勉強に使っている、ちゃんと活用していると思っていたとしても、気付かないうちに、ゲームやメールで使ってしまっている。そして、気付かないうちにほかのことに時間が取られてしまって、自覚がないのに依存しているという状態になっているのではないか、と考えています。実際、自分も5年くらい前にはスマホとガラケーの2台持ちをしていた時期もありました。でも、気が付いたら、スマホがなくなったときに何をしていいのかわからない、という状態になっていたこともありました。
そこで生徒に、スマホを使っているのか(あるいは使われているのか)、ちゃんと活用して使っているのかということに気付いてもらうために、夏休みの課題として携帯断食をさせることにしました。でも、そこまでやるのなら、いっそのことということで、IT断食ということを課すことにしました。
私が課している「IT断食」は、夏休み中のある一日、携帯電話・コンピューター・ゲーム・音楽再生機器といった、個人で持っているものでネットにつながるようなものは使わないで一日を過ごしてみてください、というものです。その時に、「外に出てみるといいですよ、おもしろいですよ」ということも言っているので、例えば、電車に乗るときに券売機を使うとか、そういうことまでは気にしていません。一日というのも、生徒によっては午前8時から午後8時までという人もいれば、本当に24時間やる人もいます、そこも生徒に任せています。
IT断食中の体験をレポートにまとめて振り返る
この活動のポイントは、「ここで体験したことをレポートにまとめて提出してください」としていることです。前任校では、これを毎年夏休みの課題に出していました。夏休みにしている理由は、やはり時間の都合がつけやすいということが一つ。それからもう一つが、1年生は高校に入学して携帯を買ってもらうということも多いと思いますので、彼らが半年経って、今までと生活がどのように変わっていたかということに気付くにはちょうどいい機会ではないか、ということです。
また、今年の浦和高校ではアドグルが2年生で行われていますので、その2年生20名に対してもIT断食をやってもらいました。
さて、どうですかね。今日は高校生の方も来られていますが、できそうですか?
男子高校生:実は、僕は前にスマートフォンをなくしても2週間ほどスマートフォンを使わない時期がありました。そうすると、電車に乗っている時とか、何をしようかなと考えてしまいました。まわりの人がみんないじってるので。
僕は生徒たちに、まさに、こういうことを体験してもらいたいのです。今の彼は、なくしてしまったということがあったから、強制的に断食状態になったわけですが、そうでもしないと、ずっと「片手に携帯、すぐそばに携帯」という状況になっていくと思います。これはもう4年目くらいの取り組みになるのですが、最初の年に、生徒に「できそう?」と聞くと、「大丈夫です。これくらい余裕です」と言っていたのに、当日、Twitterに「IT断食なう」ってつぶやいていました。先が思いやられました(笑)。
時間の無駄使いや周囲への態度に気付く
いくつかレポートを紹介します。この子は絵が得意で、描いているのが好きだったので、「断食をしている間、絵を描いていれば終わるよね」なんて言っていたら、描き始めた瞬間にBGMに使おうとして、速攻で挫折してしまいました。他の生徒もそうですが、空き時間がすごくある、ただなんとなく、意味もなくTwitterを開いたり、LINEを見ていたりっていうことをしていた時間がなくなるので、作業(この子の場合は絵を描くこと)の時間がものすごく取れる。それによって時間の無駄だったということがわかりましたと、このような感想を持ってくれる子は結構多くいます。
まわりから気付かされたという例もあります。この子はおばあちゃんの家に遊びに行って、いつもと同じように話していたつもりでしたが、おばあちゃんに「きょうはよく話せてうれしいね」と言われたといいます。「いつもと変わらないと思うのに、なんで?」と聞くと、「いつもは携帯をしながらだから、話を聞いてくれているのかわからない」と。自分はいつもと同じようにしていると思っていたのに、やっぱり気が付いたら変わってしまっているんだということに気付いたという、いい例だと思います。
まわりに関心を向けた子もいます。この子も先ほどの彼と同じで、まわりがみんな電車の中でカチカチやってるね、隣で友達がずっとスマホをいじっていたり、電車から降りてくる人がみんなスマホを見ながら降りてきていた、怖かった、なんていう感想を持ってくれている子もいました。
中には、残念ながら気付きがなかった人もいます。この人は「まわりに断食すると言わずにやってみた。そうしたら、終わったときにLINEが1000件超えていた、でも、みんな重要じゃなかったからよかったけど、勘弁してよ」と言っています。
ただ、1日でメッセージが1000件来ていて、ふだんはそれを見ているわけですよね。それだけの時間があれば、ほかにどんなことができるのでしょう。彼女は、「もうやりたくない」のひと言で終わらせてしまいましたが、できればそこに注目をしてほしかったかな、というレポートになっています。
IT断食をきっかけに、ITを活用するというためにはどうすればよいかを考える
前任校で行ったとき、IT断食をする前は「依存はしていません」と言っている人が半数以上いたのに対して、断食が終わって「IT断食からIT活用へ」ということで、生徒の気付きをもとに振り返りの授業をすると、「実は自分は依存していました」という人が8割くらいに多くなっていました。やはり、そこで気付いたことが、次に自分の行動を変えていく大事な要素になるのではないかと考えています。
IT断食は、あくまでもきっかけだと思います。それをもとに、現在の自分の問題を考えたり、IT活用に何をしていけばいいのかということを考えたりするために、ここでは、協調学習の一種のジグソー法を用いて授業をしています。
例えば、IT断食の経験から、今の自分に足りないものを考えようというグループがいたり、スマホの利用時間を書き出して、その時間があるとしたら本当にしなければいけないことは何かを調べたり。それから、ネットが普及したことによって、10代、20代がしなくなったことについて、これについては統計のデータがありますので、それを見ながら講義形式ではなくて、生徒自身が考えるという形で授業を進めていきました。
今年は、さらに海外のIT依存の状況だったり、保護者・高校生・医者のそれぞれの視点からIT依存について考える時間を設けることができました。
この授業の後、自分たちはITに依存しているかどうかというだけでなく、ITを活用するというためにはどうすればいいか、具体的な自分のルールを考えてみようということでも授業を進めています。例えば、「友だちがいるときは触らない」「お昼休みや食事中は触らない」といった簡単なルールから、「テストの前には僕はTwitterはアンインストールする」といったかなり強いルールを課している子まで、様々です。
さらに今年は、アドグルの後半にちょっと多く時間を取って、カードゲームを作りました。これは、IT活用に向けたカードゲームですが、ゲームのルールとかキャラクターをITに絡めて作ることによって、例えばネットにどのようなトラブルがあるかを、もう一度自分たちで考えることができます。逆に、「こういう人たちがまわりにいるよね、そうならないようにしなきゃね」という皮肉を込めたキャラクターになる場合もあります。自分たちでそういったものを作ることで、依存や使い方について、もう一度考えるきっかけになります。
また、こういうものを、例えば小学生に向けて「ネットってこういう危険性があるよね、今後使うときはこういうことに気を付けていこうね」というような啓発活動にも使うことができるようになっていくのではないかと思います。
生徒が作ったカードゲームの中に、こんなモンスターキャラクターがいました。「LINE大好きねえさん」、僕はこれが大好きなのですが、常にLINEを見ているモンスターです。「じゃあほかにどんなモンスターがいるのか考えてみよう」と考えさせてみたり、「LINE大好きねえさんみたいにならないようにするためにどうしたらいい?」という質問を投げかけて、依存には他にどんな形があるのかに気付かせることができるのではないかと感じています。
生徒の反応は様々ですが、やはり「依存になりかけているということに気付きました。こうならないように次から気を付けます」というような感想が多く挙げられています。特に、過去にこの授業をしたときには、この授業の翌日、昼休みに教室に行くと、生徒の顔が上がっていて教室の雰囲気が明るくなったということもありました。やはりこういうことに気付いたから行動が変わる、そこから次のステップにまた進むという形で、この活動がいいきっかけになっているのではないかと思っています。
「気付かない依存」に気付くきっかけとするために
最後に、依存について考えていきたいと思います。この取り組みをして考えたのは、やはり依存には2種類あるだろうということです。一つは病的な依存、いわゆるギャンブル依存や薬物依存とかと同じレベルのものです。これは個々の学校だけでの対策はかなり難しいので、病院との連携を取ったりすることが必要になってくるのではないかと思います。
もう一つは、気付かない依存。本当はおかしいはずなのに、まわりも含めて一緒の状況になっているので、それが当たり前になってしまっている、本人もまわりも気付いていない、という状況もあるのではないかと思います。携帯を使っている人のほとんどが、もしかしたら後者の依存になっているのかもしれません。
もちろん、IT機器を一切使うなということではありません。あくまでも道具として、携帯が主ではなくて、人間が主の使い方をしていってほしい。そのために、いきなり依存について考えてやるのではなくて、気付くきっかけとしてIT断食とか、カードゲームづくり、もしくはルール作りというところから始めていくことが必要かなと考えています。
[質疑応答]
大学教員:この取り組みが、先生個人としてのものになってしまわず、学校を超えた取り組みになるためにはどのように進めたらよいかということについて、アイデアなどありますか?
木戸先生:この取り組みは、僕は4年間行っていますが、他の学校の情報の教員で、話を聞かれて、同じことをそのままパッケージとして別の学校でされた例があります。また前任校では、最後は道徳の時間に各担任が同じ授業をされました。
要は、基本の形としては、これでやってくださいと言えばできるようになっているので、そこにプラスアルファでどうしようというのは、それぞれの担当の先生方の工夫や、クラスの状況に合わせていただけばよいと思っています。特に、IT断食などは、まずやってみてごらん、と生徒に言ってみるだけですので、あとは生徒がやるかどうかになりますから。
高校教員:実は私も、以前一度自分でIT断食をやってみたのですが、仕事が大変なことになって(笑)。自分自身スマホ依存だと思うのですが。大人はやらなくてもよいのでしょうか。そもそも何で子どもだけがやるのかと、その切り分けはどのあたりかということについても、もしご見解があればお教えください。
木戸先生:これだけネットとパソコンが仕事の中に入ってきている以上、仕事の中で断食をしてくださいというのはかなり無理があると思います。ただ、企業の中には、会議をする場にはパソコンは持ち込まないで、紙と鉛筆だけでやってくれという取り組みをしているところもあるらしいです。そういったところからちょっとずつ試していこうとか、完全なオフの日はスマホを使わずに過ごしてみよう、とかいう形でやっていただければいいのかなと思います。仕事で全部ばっさり切るのはやはり無理だと思いますので、そこは様子を見ながらだと思います。
*情報処理学会第78回全国大会イベント企画講演より