事例49

高校生が先生にSNSを教える画期的な取り組み

~「高校生によるSNS講座」を実践して感じたこと~

神奈川県立鶴見高等学校 教頭  柴田功先生

私は今年(平成28年)4月から現職の神奈川県立鶴見高校に来ましたが、それまで12年間、神奈川県の教育センターと教育委員会におりました。さらにその前、平成13・14年度は県立川崎北高校で、情報科必修化の先行実施を行い、ご覧のようなホームページも作っておりました。今回久々に現場に戻ってきたことになります。

 

今回お話する事例が実践されたのは、私が神奈川県の教育委員会の指導主事の立場にあった時の話だということです。私が高等学校の現場に戻ったのは今年の4月のことですので、その前の話になることをご理解いただいた上で、この事例のご紹介をしたいと思います。

 

生徒たちは先生方のSNSとの付き合い方をどう思っているのか

さて、皆さんは同僚の先生方のこんなつぶやきを耳にされたことはありませんか。

・SNSは使っていないけど、仕組みを知っているから私は十分SNSを教えられます

・SNSで特に発信するものがないので、アカウントを取ってはいますが、やってはいません

・SNSは興味がない。見るだけです

このような先生は、情報科の先生でも多くいらっしゃいます。

 

そのような先生方を、高校生はどのように見ているのか、それを先生方に伝えたいという考えから全ては始まりました。

 

一方、生徒の思いは、このようなものでした。

 

・「先生たちもSNSに興味を持って、できれば使ってほしい」

・「SNSの問題について相談できる身近な大人であってほしい」

・「先生には情報社会を生き抜く手本を見せてほしい」

 

仕組みを知っている、アカウントを持っている、というのでは、生徒の方から見ると物足りなく思われています。これが生徒の生の声でした。

 

ここに今日はポイントがあります。ここに焦点を当て、私が以前所属していた神奈川県教育委員会において、次のようなことを実践しました。

 

SNS講座開催のきっかけとなった「かながわハイスクール議会」

きっかけは、神奈川県で毎年行われている「ハイスクール議会」という模擬議会で行われた熱い議論でした。ハイスクール議会では神奈川県内の高校生が、教育に限らず、少子化問題や経済問題などのあらゆる課題について分科会を設け、議論をしていきます。その中に情報社会について議論する委員会がありました。これが、今回のきっかけとなったものです。 

神奈川県議会の実際の議場を使って行われる議論の中では、生徒から次のような言葉が聞かれました。

「うちの学校の先生はSNSを全然知らない」

「この間は先生に、『twitterって何よ』と言われてしまった」

 

現在、高校生を取り巻くSNSでは本当に様々な課題があるのに、先生は全然関心がないので相談もできない。ある程度は用語も知っていてほしいし、便利さや面白さ、時には感動も分かち合えるツールであることや、今の社会では切っても切れない存在なのだということを知った上で、先生には相談に乗ってほしい、と言っていました。

 

特に一番問題と感じられていたのは、トラブルがあった時の、先生のこのような発言です。

「じゃあSNSを使わなきゃいいじゃないか」

 

しかし今の社会の中で、それはもう選択肢としてあり得ません。子どもたちにそういう社会を作ったのはわれわれ大人ですから、「じゃあやめれば」という言葉は、高校生にとっては本当に残念に聞こえているようです。

 

生徒がSNSの先生になるという提案

そこで、次のような素晴らしい政策提言が高校生からなされたのです。

「私たちのほうが先生たちよりもSNSに詳しいなら、私たちが講師になってSNSの研修会を立ち上げたい。研修資料もどんどん広めて使ってもらいたい」

 

この提案を受けて、年度途中の、しかも高校生からの提案であったにも関わらず、神奈川県教育委員会は高校生によるSNS講座を立ち上げることになり、講師となる生徒を募集しました。

 

講師の条件としては、

・SNSに詳しい生徒

・先生にこうなって欲しいという希望を持っている生徒

などです。

 

集まってくれた講師役の高校生は、公立・私立、男女も学年も興味の分野もさまざま織り交ぜ、最初の年は22人と予想より少々多めでした。生徒の中には、Twitterのフォロワーが何百人も何千人もいるというような子もいれば、学校としてSNSが禁止されていることに対する不満がある子もおり、様々でした。

 

準備段階から高校生が自主的に動いて全体像を作った

高校生の講師募集をして、初めて集まったのが2014年の11月で、翌3月には講座を実施するということが決まりました。

 

実施に向けては、平日はそれぞれの学校の授業がありますし、学校もばらばらなので、土日に集まりました。高校生たちには大変申し訳ない話でしたが、役所の仕事では急に発足する事業には予算が付かないため、交通費も出せない中、全部で6回集まり準備を始めました。

 

一番大変だったのは、神奈川県の情報部会という研究会で実施したリハーサルでの厳しい評価でした。「高校生が調べ物をした発表会のレベルで、教師向けの研修会の内容にはなっていない」と言われてしまったのです。そこからは全く方向性を変えて、先生に何を一番伝えたいのかということをカードに書いてホワイトボードにまとめたりして、ゼロから考え直しました。

 

高校生講師による実際の講座の紹介

ようやく講座の準備ができ、いよいよ3月に総合教育センターの会場で、半日の講座を開催しました。小・中・高・特別支援学校の先生が約50名近く集まりました。その後、2016年3月にも研修会を実施しましたが、同じくらいの人数が参加しています。

50名の受講者に対し、20名の高校生が講師を務めましたから、非常に手厚い講座です。

 

この研修会の講師を、1年生の時と2年生の時の2年間務めてくれた、神奈川県立光陵高校3年生の加藤圭祐くんをここでご紹介します。

 

[神奈川県立光陵高校3年生の加藤圭祐くん]

僕は2年続けて研修会に参加し、2年目は委員長を務めましたので、研修の内容をご紹介します。

 

情報科の先生であってもTwitterの利用者は割に少ないという印象を持ったので、高校生にとってTwitterは基本的に楽しいことを共有するツールなのだということを例示しつつ、ではそんな中でトラブルが発生するポイントはどこなのかということを寸劇形式で紹介しました。

 

シチュエーションは放課後、高校生ですから遊びに行く約束をするところから始まります。カラオケに誘われたけれど、それを断って他の友達とボウリングに行く、それを他の友人がツイートしてしまい、カラオケに誘って断られた子がそれを知り、気分を害するというものです。

高校生の中でもTwitterの危険度の認識の差はまちまちです。寸劇の中では、顔写真を丸々載せてしまうくらい認識の甘い子、写真は載せずただ文章だけを投稿するような認識がとても厳しい子、その二人の中間くらいの子という役割分担をして、それぞれのツイート例を比較します。今回の事例ですと、中間くらいの子は例えば写真のすみにボウリング球が写っているものを投稿することで、ボウリングに行ったということだけわかるようにしました。

 

この寸劇で取り上げたようなことは自分たち高校生の日常に非常に頻繁にあるものですが、こういう状況で、やはり使っていたツール(Twitter)を知らない先生を相談相手に選ぶことはありません。

 

LINEのグループ外しをされたらどんな気持ちがするか

[加藤圭祐くん]

同じく、LINEを初めて使うような先生もいらっしゃいます。LINEの「グループトーク」の機能は、高校生も中学生もよく使いますが、特に中学生の間で発生しやすいと言われるのが、「グループトーク」の「グループ外し」です。これを講座で実際にやってみて、その時どんな気持ちになるか体感してみようという企画です。

 

この講座では、LINEをインストールしたタブレットを20台ぐらい用意し、先生数人に1台のタブレットをあてがいます。その20台でLINEのグループを作成しますが、その中の1台を、トークの途中でLINEのグループから意図的に外します。 

外されている間にも進んでいく全体のトークは前方のスライドで写し出します。トークから外された1台は、自分の画面を見ていてもそのままトークが動きませんが、前方のスライドではトークがどんどん進んでいきます。一定時間経過した後に、外された1台を再度そのグループに復帰させて、そのままグループでトークを流してみます。そのときに、外された1台を使用していた先生方はどう思ったのか。それが高校生だったらどう思うのかというのを、実際に体験してもらいました。先生方からは、「やはり腹が立つ」という感想も実感を持って語られました。

 

こういった話の他にも、例えば誰かがコンサートのチケットを手に入れて、それを誰かと一緒に行きたいが、SNSを通じて探した知らない人と行くのは本当にいけないことなのか、といった協議もされました。 

生徒たちが教員に対して本当に望んでいることとは

[柴田先生]

今回、特に私が一番感動したのは、講師役の高校生が講座の中で話してくれた次の言葉でした。

 

「私たちにとって先生方は、1日の多くの時間を同じ場所で生活している、とても身近な「大人」です。これから先、今までよりももっと相談しやすく、困ったとき、悩んだときに頼ることができる関係になることを望みます」。

 

何が私の心に響いたかというと、先生方に感謝の気持ちやリスペクトがある、その上で、もっとこうなってほしいという希望が語られたことでした。

 

講座終了後に先生方に取ったアンケートの中でも、この点についての評価が高く、高校生のナマの声が具体的に聞けたと非常に好評でした。

 

一方、中には少し残念なアンケート結果もありました。それは、「SNSが大前提、全てがその上で語られていると、とても違和感を覚えます。歩み寄りが双方に必要でしょう」というコメントでした。アンケートに書く意見は自由なのですが、ここがそもそもの課題なので講座を開くことになったのです。すでに社会の情報化が進んでいる中で、情報を使わない人たちに高校生が歩み寄りなさいというよりも、やはり大人がそこをどんどん理解していくということが、本当に大事なのだと思います。

 

この講座でもっとも伝えたかったこと

[加藤圭祐くん]

SNSというものは、もはや生活から切っても切り離せないものになっています。講座を2年間してみて感じたことですが、生徒と先生、お互いに認識の差があるというのは、もう仕方のないことだと思います。

 

その上で先生方に望みたいのは、その差に関して否定的にならず、もっとどんどん使ったり、僕たちと同じような使い方をしてほしいということです。正直な言い方をしてしまえば、情報科の先生に限らず、生徒指導の先生を含めた普通の先生方でも、もう「使ったり、知識があるのは当たり前」といった状況になってくれれば、僕たちも相談しやすいです。そんな身近な存在になっていただきたいと思っています。

 

教員はどこまでのレベルを求められているのか

[柴田先生]

こうした取組により、教育長賞や知事賞など、様々な賞をいただきましたが、今回の講座の講師となった生徒たちが作った成果物として、教員のSNS利用のルーブリックがあります。

 

つまり、SNSに対して大人にどうあって欲しいかということを示したものですが、特に情報科の先生ではS基準、それ以外の先生でもB基準ではあってほしいということでした。

 

これは情報科の先生にとっては高い基準に感じられるかと思いますが、子どもたちにとってはこのS基準を「目指している姿」がリスペクトに値するようのです。たどたどしくても子どもに「これどうやってやるの?」など聞きながら、一生懸命やっている大人たち。興味を持ち、一生懸命やろうという姿こそが、高校生から非常に身近であり、相談できる大人であることを示せるのではないかなと思います。

 

実際に、S基準になる必要はないかもしれませんが、そこを目指していない、目指す気持ちもないという大人が、一番残念に見えているということだと思います。

 

子どもの未来を考えるならば、情報科の先生はSNSの陰ばかりを指導する教員であってはいけない、光をちゃんと伝えられる大人になっていかなければいけないのだということです。使ってみて、生徒と教師が一緒に対応を考え、これからもどんどん社会を作っていくのが良いと思います。

 

ふだんの学校の授業の中でも取り入れることができる

この取り組みは教育委員会の特別な組織でたまたま最初に実践したものですが、実は学校の授業でも実施できる話だなと私自身気づきました。

 

問題解決学習でもあり、協働学習でもあり、アクティブ・ラーニングでもある。ちょうど今求められている授業のスタイルそのものなのではないでしょうか。高校生からどんどん課題を挙げさせて、授業に取り組めたらいいのではないかと思います。

 

情報科の先生には、生徒に寄り添い、一緒になってより良い情報社会を作っていきましょうとお願いをしたいと思います。講座が終わった瞬間、本当にみんな達成感がありました。加藤くんを始め、頑張ってくださった皆さんにもお礼を申し上げます。

 

※全国高等学校情報教育研究会 第9回神奈川大会 分科会発表より