特集 変わる高校教育
学習目標を意識した指導と評価
※Kawaijuku Guideline 2014.9より
(本文中の所属・役職などはすべて取材時のものです)
これまで高校では、授業での指導内容・方法について多くの研究が行われてきた。一方で、高校3年間で到達すべき学習目標は何か、そのためには日々の授業で何を教えるべきかといった学習目標の設定とそれに基づく指導や、学習目標がどれくらい達成できたかという形成的な評価の過程についてはあまり重視されてこなかった。
こうした状況は従来から問題視されてきた。特に近年は小・中学校ではこうした取り組みが進んでいること、高等教育がユニバーサル化し、大学入試が学習の動機づけや学習目標として機能しづらくなっていることから、国や都道府県が中心になり、各高校や教員に学習目標の明確な提示と、それに基づく指導や評価を行うよう積極的に働きかけるようになってきた。
一方、設定する学習目標についても変化が見られる。近年は身につけた知識を総合的に活用する力が求められるようになっているが、知識の習得に重点を置いた授業ではこういった力は身につかない。そこで注目されているのがパフォーマンス課題の導入だ。複合的な課題を与えて、知識や技能を総合的に活用して対応できるかをみるものである。こうした課題に取り組ませ、複数の観点から生徒を評価する取り組みも進められている。
そこで9月号では、まず概説で高校での指導と評価の現状を振り返った後、事例1~3で教育委員会などが多くの高校の授業改善を狙って行う取り組み、事例4~7で高校が中心となって行う取り組みを紹介する。
■Contents
概説 帝塚山学院大学(国立教育政策研究所名誉所員) 工藤文三教授
目標に準拠した評価の趣旨を生かし
観点別評価を導入して授業改善を進める
事例1 神奈川県立総合教育センター
全県立高校で目標に準拠した評価・観点別学習状況の評価を実施
「思考・判断・表現」の観点を踏まえた授業改善を行う
事例2 東京都教育委員会
全都立高校が学習目標を明示した
「学力スタンダード」に基づく指導と評価を開始
事例3 大阪府教育センター
コミュニケーション能力など幅広い資質・能力の育成のための
指導と評価の方法について検討
事例4 愛知県立一宮南高校 辻太一朗先生(物理)
理科の実験を切り口にパフォーマンス課題を導入
教員・生徒の授業への意識が変化
事例5 東京都立成瀬高校 青田一志先生(進路指導部主任、国語科)
都の事業による「学力スタンダード」導入で教科間連携を促進
事例6 京都府立園部高校 田中容子先生(英語科)、遠山晶子先生(理科)
学習意欲向上とコミュニケーション能力育成のため
英語科でパフォーマンス課題と評価を実践
事例7 石川県立七尾高校 福岡辰彦先生(SSH推進室)
目標に準拠した評価の趣旨を生かし 観点別評価を導入して授業改善を進める
帝塚山学院大学(国立教育政策研究所名誉所員) 工藤 文三 教授
目標に準拠した評価に基づきながら、観点別評価を重視した学習評価の導入は、小・中学校に続き、現在、高校での課題となっている。そこで学習評価の変遷と、各評価手法の意味、高校での導入の手がかりについて、帝塚山学院大学教授(国立教育政策研究所名誉所員)で教育課程、学習指導、学習評価を専門とする、工藤文三先生に伺った。
学習目標の達成度を測る目標に準拠した評価と
生徒の多様な資質・能力を測る観点別評価
——まず、学習評価の変遷について教えてください。
学習評価には、目標に準拠した評価(絶対評価)と、集団に準拠した評価(相対評価)があります。目標に準拠した評価とは、目標に照らして実現状況を評価する方法です。これに対し集団に準拠した評価は、集団の中でどの位置にいるかを示す評価です。
一方、単に知識・理解だけでなく、日常の授業の中で発揮される生徒の学習状況を把握し、生徒の幅広い資質・能力を観点別に評価しようとするのが、観点別評価です。観点別評価の観点は、教科によって多少異なりますが、2010年に文部科学省から出された「指導要録の改善に関する通知」によると、「関心・意欲・態度」「思考・判断・表現」「技能」「知識・理解」などの4〜5つに整理されています。
小・中学校の指導要録等の評価の変遷について見ると、1980年までは集団に準拠した評価による評定(注1)と児童生徒自身についての所見の記入という形式でしたが、1980年の指導要録の改訂において、集団に準拠した評価による評定と並行して、目標に準拠した評価としての観点別評価を実施することになりました。さらに1991年の指導要録の改訂では、観点別評価を各教科の評価の基本とし、評定と所見を併用することになりました。つまり、集団に準拠した評価による評定と観点別評価の主従が逆転したのです。その後、2001年の指導要録の改訂では、評定も集団に準拠した評価から目標に準拠した評価に改められ、学習評価はすべて目標に準拠した評価として行われることとなりました。
一方、高校では、1991年に小・中学校の評価の中心が観点別評価に移った後も、主に評定による評価として実施されてきました。しかし2001年の指導要録の改訂では、「評定に当たっては、ペーパーテスト等による知識や技能のみの評価など一部の観点に偏した評定が行われることのないように、「関心・意欲・態度」、「思考・判断」、「技能・表現」、「知識・理解」の四つの観点による評価を十分踏まえながら評定を行っていく」ことが示されました。ここには、評定は観点別評価を踏まえて行うことが明記されています。2010年の指導要録の改訂では、「各教科・科目の評定については、観点別学習状況の評価を引き続き十分踏まえること」とされ、同様の趣旨が引き継がれています。とはいえ、高校では、指導要録の参考様式に記載欄がなく、評定以外には「総合所見及び指導上参考となる諸事項」の欄があるのみです。これらのこともあり、高校における観点別学習評価は、未だ十分には浸透していない状況にあります。
——観点別評価の意義はどこにあるのでしょうか。
観点別評価と評定を比較してみると、後者は、科目の学習状況を5・4・3・2・1といったように端的に示すのみで、どのような能力が身についたのかは、示されていません。これに対して観点別評価は、評価の観点ごとに学習状況が示され、生徒が習得した諸能力が示されることになります。生徒自身は、自分自身の学習の成果をより細かく把握することができ、その後の学習の見直しにつなげることも可能になります。また、評定は学期のように一定期間の評価を示すために用いられますが、観点別評価はさらに小さな学習単位で示すことが可能です。小さな学習単位で学習状況が把握されることによって、指導改善にも生かしやすくなるといってよいでしょう。
次に、評価を目標との関係でとらえると、観点別評価を実施する場合、学習指導の目標も分析的に設定し、どのような力を身につけさせるのかといった視点が重視されるようになることです。評定のみの場合と比べて、目標の中身が具体的に設定され、それに応じて授業も改善されることにつながると考えられます。
観点別評価を導入している高校は40%にとどまる
その位置づけも副次的なものに
——現在、高校では学習評価をどのように行っているのでしょうか。
現状を知る参考資料として、国立教育政策研究所の研究官が2011年3月に実施した「高等学校における学習の評価の実態把握と改善に関する研究」(科学研究費補助金による研究)があります。高校教員を対象に、勤務校で評価の規定がどのように設定されているか、実際にどのように評価を行っているかなどについてアンケート調査を実施したものです。
まず、評価に関する規定を設けている学校は公立・私立ともに高く、全体の96.4%に上りました。評価に当たって平均点を示すなど、成績評価の目安の設定の有無については、公立の69.0%、私立の80.2%が「目安を設けている」と回答しています。
また、こうした規定の中で評価結果の割合(例えば全体の中で評定5の生徒数が占める割合のこと)について定めているか聞いたところ、公立の28.9%、私立の32.7%の高校が「評価結果の割合について規定がある」と回答しました。これは、集団に準拠した評価に当たるとみることもできます。
観点別評価の実施状況については、「全ての教科・科目で実施している」との回答が31.3%、一部の教科・科目で実施しているとの回答が12.5%となり、43.8%の高校で何らかの教科・科目で観点別評価を導入していました。これらの観点の設定については、2010年の指導要録の改訂通知に記されている評価の観点と同一である学校が41.9%、学校で独自に設定しているものが47.7%でした。また、観点別学習状況の評価の結果については、「表示方法までは定めていない」との回答が58.7%を占めました。以上から、観点別評価は学校の体制としてまでは浸透しておらず、観点別評価を行っていても表示方法は定めていない高校が多いことから、評価としては副次的に位置づけられていることがうかがえます。
学科の多様性、評価の公平性などへの懸念が壁
——高校で観点別評価が浸透しないのはなぜでしょうか。
高校は小・中学校と比べて、普通科や専門学科、総合学科、単位制高校など、カリキュラムが多様であることや、生徒の実態に応じた指導と評価が求められることなどが考えられます。
また観点別評価は、ペーパーテスト以外の評価方法の工夫が求められることや、一人ひとりの生徒の活動を観察して評価するのは手間がかかる、評価の公平性の確保などに課題があると感じている教員が多いようです。校内で観点別評価を導入する合意形成の難しさも想定されます。観点別評価が生徒のためになるのであれば教員は忙しくても取り組むものですが、その実感の見通しを持つに至っていないのが実情のようです。例えば、他県に先んじて観点別評価を導入している神奈川県では、観点別評価を導入するとともに授業改善に取り組んでいます。授業改善によって、従来の評価では見えてこなかった生徒の多様な資質・能力が見え、教員は観点別評価の良い点を実感できるようです。こういったメリットが知られるようになると、積極的に取り組む教員は増えるのではないでしょうか。
日本の学校における教育課程は、伝統的に教育内容を中心として編成されてきました。学習指導要領においても、各学校で指導すべき内容を教育課程の基準として示してきました。一方、社会人基礎力や、キャリア教育における基礎的・汎用的能力のように、能力育成のカリキュラムが求められつつあることも近年の特色です。諸外国のカリキュラムの基準の改革動向にも、能力育成を重視する傾向が見られます。OECDの生徒の学習到達度調査(PISA)にも能力やリテラシーの育成を重視する動きをみることができます。
今後、諸能力の育成を重視する動きが具体化するとともに、学習評価においても評定のような総括的評価だけでなく、観点を設定して学習状況を把握する取り組みが 求められると考えます。
テストの作問分析・研究や実技・実験のある教科での導入が手がかりに
——では観点別評価を進めるには、どういったことから取り組んでいくとよいでしょうか。
まず、学習指導の目標を観点を踏まえて分析的に設定してみることです。最初は4観点のうち、「知識・理解」や「思考・判断・表現」から始めてもよいでしょう。各単元・授業でどんな知識や能力を身につけさせたいのかを意識して、授業を行います。すると、その時点で身につけていなければいけないことは何かを意識して評価することができるようになると思います。
逆に、テストの作問の分析・研究から始めるのもよいと思います。各問題がどんな力を測ることができる問題なのか、それは授業で取り組んだことなのかといったことを確認していきます。そこから逆に、各単元で身につけさせたい力や、そのために授業で何をどのように指導しなければいけないかを考えていくことができます。
また、目標に準拠した評価および観点別評価を行う際の方法論の一つとして、評価の指標をまとめたルーブリック(注2)を作成し、それをもとに評価を行うのが有効とされ、ルーブリックの作成に取り組む例もあります。しかし、ルーブリックは自校の生徒の実情に即して作成することが大切ですから、すぐに全教科のルーブリックを作成するのは大変です。そこで、ルーブリックの作成に当たっては、まずは観察・実験を行う理科や、実技のある体育などでパフォーマンス課題(注3)を取り入れながら作成し、他教科ではそれを参考にしながら作成していくのがよいのではないでしょうか。
最後に、指導と評価が適切に連動しないと、例えば思考力を育てる授業や言語活動を取り入れた授業の導入は進んでも、適切な評価がなされないため、評価を授業改善につなげるPDCAサイクルがうまく回らず、次の効果的な指導につなげることができないということになりかねません。評価は何のために行うのか、すなわち評価は教育指導の改善のためにあるということを今一度考えることが、観点別評価の導入の一番の推進力になることでしょう。
(注1) 評定...高等学校の場合、学習指導要領に示す各教科・科目の目標に基づき、学校が地域や生徒の実態に即して定めた当該教科・科目の目標や内容に照らし、その実現状況を総括的に評価したもの。小学校では3段階、中学校・高校では5段階で示す。児童・生徒の学習の成果を目標に準拠した評価および観点別評価で評価し、それをもとに評定を決めることになっている。
(注2)ルーブリック...学習者が何を学習するかを示す評価規準と、学習者が到達しているレベルを示す具体的な評価基準をマトリックス形式で表示したもの。事前に明示した目標に準拠した観点について、何ができればどの段階にあるのか具体的に記述されているところに特徴がある。例えば大阪府教育センター、京都府立園部高校のようなものがある。
(注3)パフォーマンス課題...知識やスキルを応用・統合して使いこなすことを求める課題。例えばレポートや論文、プレゼンテーション、作品、実技などのできばえを評価する。ペーパーテストと並行して行うことで、より幅広い資質・能力を測ることができる。