特集 学習目標を意識した指導と評価
事例1 神奈川県立総合教育センター
全県立高校で目標に準拠した評価・観点別学習状況の評価を実施
「思考・判断・表現」の観点を踏まえた授業改善を行う
2009年に改訂された高等学校学習指導要領においても、引き続き観点別評価の趣旨を踏まえた学習評価を実施することになっているが、全国的に見ると、高等学校の観点別評価の取り組みが十分ではないという指摘がある。
そのような状況の中、全県立高校で「思考・判断・表現」などの評価の観点を踏まえた授業改善を進めている神奈川県の取り組みについて、神奈川県立総合教育センター教育課題研究課課長の鈴木美喜先生に話を伺った。
全県立高校で観点別評価を実施
「学習評価を生かした授業改善」の調査研究を実施
神奈川県では、2009年度の学習指導要領の改訂に先立ち、2007年度から全県立高校で観点別評価を実施した。観点別評価とは「学習意欲」「思考力・判断力・表現力等」「知識・技能」の「学力の3要素」を、「関心・意欲・態度」「思考・判断・表現」「技能」「知識・理解」の4観点から評価するものだ<図表1>。観点別評価の実施は、こうした幅広い資質・能力をバランスよく育成できる授業に改善することを主な目的としていた。
<図表1>観点別評価の4観点と学力の3要素の対応
とはいえ、まだこうした授業への改善が進んでいない学校もあるため、神奈川県教育委員会と神奈川県総合教育センターでは、引き続き、観点別評価の実施と授業改善を推進するためのさまざまな取り組みを展開している。
その取り組みの一つは総合教育センターが2011、2012年度の2年間にわたり、神奈川県立七里ガ浜高校を調査研究協力校として取り組んだ「高等学校における授業改善の推進に関する研究-学習評価を生かした授業改善に向けた取組み-」である。研究のテーマは「観点別評価の観点を踏まえ、単元で身につけさせたい力をより一層明確にすること」と「学習評価をその後の指導に生かす『指導と評価の一体化』をより一層綿密に行うこと」である。
「単元を単位にするのは、授業ごとではなく単元というまとまりの中で、目標とする力を育成するためです。1回の授業で、毎回、「関心・意欲・態度」「思考・判断・表現」「技能」「知識・理解」の4観点全てを評価するのは困難ですが、単元単位であれば、2・3時間目は「知識・理解」、4・5時間目は「思考・判断・表現」というように、授業ごとに一つの観点に重点を置いた評価をすることができます」(鈴木先生)
また、今回の調査研究では、特に「思考・判断・表現」の観点に着目し、中でも思考・判断した結果としての表現、すなわち「言語活動の充実」を図る授業づくりを重視することにした。鈴木先生は「言語活動の充実は現行の学習指導要領でも重視されているため、教員にとっても取り組みやすいと考え、重点的に取り組むことにしました。言語活動では、まず生徒に身につけさせたい力は何かを考えた上で、そのためには生徒同士で話し合わせるのが良いのか、文章を書かせるのが良いのか、発表させるのが良いのかなど方法を検討していくことが大切です。これまでにも教員は個々に工夫した取り組みをして来ていることから、今回は学校全体として取り組むように依頼しました。より大きな成果を期待できると考えたからです」と話している。
研究授業の前に検討会を実施
授業参観の視点を共有
研究にあたっては、まず、七里ガ浜高校にプロジェクトチームを設置した。メンバーは、今回の授業改善の対象となる国語、地理歴史、公民、数学、理科、外国語の6教科の代表者と参加希望者、副校長である。
取り組みはR-PDCAのサイクルに沿って進めた。まず「R(Research)」として6月には生徒に対するアンケート調査や授業見学による課題の抽出と検討を行い、 「P(Plan)」として観点別の目標を意識した単元指導案を作成した。それに合った授業を実施し(「D」Do)、授業後の生徒の評価を行い(「C」Check)、授業全体の振り返りと次の授業(「A」Action」)を実施した。
「研究の中心となったのは指導計画<図表2>の作成です。単元で身につけさせたい力(目標)を決め、目標が実現した具体的な生徒の姿から、4観点別に評価規準を作ります。目標と評価する内容をセットで考えるのが重要です。教科で相談して作成するのには手間がかかりますが、2年目以降は微調整ですみますし、学習目標を明確化し、評価の仕方を併せて考えたことで、授業の内容が生徒にいろいろな活動をさせるものに変わってきたという声が出るなど、授業改善に結びついています」(鈴木先生)
<図表2>単元の指導計画の例(「個体群の構造と維持 異種個体群間の関係」(生物Ⅱ))
2011年7月から2012年2月にかけて、4回の研究授業を行い、プロジェクトチーム内で教科を超えて、互いの授業を観察した。授業観察にあたっては、研究授業を行う前後に事前検討会と事後検討会を開いた。「教科の専門性もあり、授業内容の理解が不十分なまま参観しても、他教科の教員はどういう視点で授業を観ればよいかわかりません。しかし事前にこの授業を通して生徒につけさせたい力とそのためにどんな授業を構築したかを共有することにより、授業を観る視点が統一されます。事後検討会では、その視点に基づき、授業が狙い通りに実施できたか、授業からどのような課題が見いだされたかなどについて意見交換を行うことができます」(鈴木先生)
さらに2012年11月は授業見学月間とし、校内のプロジェクトチーム以外の教員にも、授業改善のテーマの共通理解とその徹底を図った。また、授業見学月間中の研究授業は、地区の中学校・高校教員にも公開した。
研究成果を紹介する「授業改善ガイドブック」を作成
県立高校に配布し、全県で共有
事業を通じて明らかになった課題としては、単元ごとの指導案の作成の難しさに加え、研究授業とその前後の検討会などの活動時間の調整と確保が挙がり、年度当初に年間計画を作成しておくことが望ましいことがわかった。
また、2012年6月に行った生徒と教員に対するアンケート調査からは、生徒と教員の意識の違いも浮き彫りになった<図表3>。例えば、生徒には「授業で『考えている』と感じるとき」、教員には「授業で『生徒の思考が活発だ』と感じるとき」について質問したところ、生徒は「類題を解く」や「初見の問題を解く」活動について「考えている」と回答した割合が多かった。一方、「内容を読み取る」「文章で書き表す」「グループで相談する」「友だちの前で発表する」という活動で「考えている」と回答した割合は、教員より生徒のほうが圧倒的に少なかった。以上のことから、生徒が言語活動を通じて思考する場面に慣れていないことや、「思考力・判断力・表現力」を育成するための授業では、生徒が充実感を感じられるように授業をさらに工夫する必要があることがわかった。
<図表3>
「授業が分かると思うとき(生徒)」「授業が分かると感じさせる指導(教員)」のアンケート結果
こうした七里ガ浜高校での調査研究の結果は、「授業改善ガイドブック」としてまとめられ、県立高校に配布された。「授業改善ガイドブック」には、授業の課題抽出のためのアンケート調査結果の分析手法、評価規準を考える手順、観点を意識した単元指導案などが、具体的に紹介されている。
多様な高校の事例を紹介し
全県の高校が授業改善に取り組むヒントを発信
総合教育センターでは、七里ガ浜高校の調査研究事業に続き、2013年3月に、組織的な授業改善について先進的な取り組みを行っている県立高校6校の校長に対するインタビューをまとめた「組織的に取り組む授業改善〜学校経営の中心に授業改善をおく〜」を作成して、県立高校の管理職に配布した。この事例集には、校長が研究テーマを提示し授業改善に取り組んでいる例、管理職による授業観察を授業改善推進のための機会としてとらえ、授業後に教員と個別面談を行っている例といった、トップダウン型の授業改善の成功例が掲載されている。
さらに2013年度から3年間の取り組みとして、県立高校8校を研究指定校としての「組織で取り組む授業研究の工夫に関する研究-教員間の共通理解に基づく『協働する授業づくり』-」に取り組んでいる。各校の取り組みは、「自校における『確かな学力』を概念図に整理し、生徒に身につけさせたい力の共通理解を図る」、「生徒に身につけさせたい力を共有した上で、共通の学習形態を取り入れる」などさまざまだ。
この2つの取り組みについて鈴木先生は「高校の状況はそれぞれ異なりますので、多様な研究を行い、結果を発信していくことで、各校にはその中から自校に合ったものを参考にしていただきたいと考えています」と語る。
このほか、初任者教員に向けて「高等学校初任者のための授業づくりガイド」も発行して、観点別評価を意識した学習目標の立て方や、授業・単元の進め方などについて紹介している。
「これまでは、『思考・判断・表現』の観点についての研究に重点的に取り組んできましたが、今後は、小・中学校も含め、最も評価しづらいとされる『関心・意欲・態度』の観点についても研究していきたいと考えています。『関心・意欲・態度』は、ノートのとり方、宿題等の提出物、発言回数といったことで評価していた時代もありましたが、現在はそうしたことで評価できるものではないとされています。また、どんな力の育成についても言えることですが、あるクラスで通用した手法が別のクラスで通用するとは限りません。目の前の子どもたちの実態に合わせて指導を行い、力を身につけたかどうかを判断するために評価をするわけです。総合教育センターでは、いろいろな事例や手法を紹介し、教員の授業改善を支援することで、生徒の学力向上につなげていきたいと考えています」(鈴木先生)
※Kawaijuku Guideline 2014.9より
(本文中の所属・役職などはすべて取材時のものです)