特集 学習目標を意識した指導と評価
事例3 大阪府教育センター
コミュニケーション能力など幅広い資質・能力の育成のための
指導と評価の方法について検討
大阪府教育委員会では現在、生徒の幅広い資質・能力を育成し、評価するための取り組みを進めている。取り組みは大きく二点あり、一つは中学校教員向けの「中学校における学習評価に関する参考資料」の作成、もう一つは高校3校を対象にした、文部科学省の「多様な学習成果の評価手法に関する調査研究」事業の実施だ。研究校の一つである大阪府教育センター附属高校では、学校設定科目「探究ナビ」と、英語、数学、体育等の教科で新たな評価方法・評価指標の構築に取り組んでいる。こうした取り組みについて、大阪府教育センター教育課程開発部学力向上推進室室長の一柳康人先生とカリキュラム研究室主任指導主事の岡本真澄先生に話を伺った。
中学校では 公立高校入学者選抜「調査書」への
目標に準拠した評価の導入を機にその定着を図る
大阪府教育委員会では、2013年7月、「中学校における学習評価に関する参考資料」を作成し、府内全中学校に配布した。観点別目標について解説し、教科ごとに、いくつか単元(題材)を取り上げて、目標に準拠した評価の進め方を、6段階に分けて、具体的に示している。段階は、(1)単元(題材)における目標と評価規準の設定、(2)単元(題材)における指導と評価の計画の作成、(3)小単元や各授業における学習指導案の作成、(4)学習過程における観点別評価資料の収集、(5)観点別学習状況の評価の総括、(6)観点別学習状況の評定への総括、からなる。
参考資料を作成した理由を一柳先生は、「観点別の目標を意識した授業改善、指導と評価の一体化の取り組みを促進することが狙いです。小・中学校では2002年度の学習指導要領改訂に伴って、指導要録の評定が、集団に準拠した評価(相対評価)から目標に準拠した評価(いわゆる絶対評価)に変更されました。目標に準拠した評価では、一人ひとりの子どもの学びや成長を評価することができます。こうしたメリットは教員も感じているものの、各学校では日々の授業でどのように指導し、評価していけばよいかについてはまだ模索中です。そこで具体例を提示することにしたのです」と話す。
公立高校の入学者選抜で用いる調査書を目標に準拠した評価に変えたことも後押しになっている。大阪府では、目標に準拠した評価の評価方法・判断の基準が十分に定着していない実態を勘案して、2013年度まで、相対評価による調査書を採用してきた。しかし2016年度入試から調査書に、目標に準拠した評価を用いるよう改めた。
「以前にも目標に準拠した指導や評価を進めようという動きはあったのですが、評価規準の作成が目的となり、評価方法の工夫改善に関しての研究にまでは至らなかったり、公立高校入学者選抜に反映される評定が相対評価だったこともあり、その定着にはいくつかの課題が見られました。今回は入学者選抜の『調査書』における評定の変更に伴い、学習評価に関する参考資料を作成し、学習評価の考え方や進め方を具体的に例示、解説することで、学習指導の在り方の一層の工夫改善と、目標に準拠した評価の定着を狙いとしています」(一柳先生)
また、小学校への授業参観なども推奨する。
「小中連携は学習内容でつながりを深めることがキーポイントです。小学校では、子どもたち一人ひとりが学習内容を理解できるようにするためのきめ細かな工夫や研究が盛んです。中学校の教員が授業改善に役立てられることも多いと考えています。『何を学んだか』は教科書や指導要領を見ればわかるのですが、『どう学んだか』を知るには、実際の授業を参観する以外にありません。特に、日常の授業の交流が大切です」(一柳先生)
高校ではコミュニケーション能力を育成
評価方法や評価指標の検討を進める
高校でも幅広い資質・能力の育成、評価に取り組んでいる。具体的には、文部科学省「多様な学習成果の評価手法に関する調査研究」事業(2013〜2015年度)の研究校3校を指定し、各校でさまざまな取り組みを行っている。
例えば、大阪府教育センター附属高校での取り組みの中心は、学校設定科目「探究ナビ」の1年次での演劇制作における評価方法の研究・開発だ。岡本先生は「学校設定科目『探究ナビ』は『自らの進路を切り拓くことができる人材の育成』を目標としています。1年次は『人とつながる力』、2年次は『社会とつながる力』、3年次は『未来を拓く力』の育成がテーマです。1年次のテーマである、コミュニケーション能力を伸ばすための取り組みとして、演劇制作を行っています。演劇の制作過程を観察することで、コミュニケーション能力をはじめ、協働性、主体性、創造性、表現力などを評価しようとしています」と話す。
「『探究ナビ』では、演劇制作のほかにも、進路に関する調べ学習、レポートの作成、発表などといった、多様な活動を取り入れています。しかし、これらの活動は評価の観点や規準を設定しても、実際に評価を行うと担当教員の主観的な判断に陥りやすく、教員間で評価が異なるなど曖昧で、客観的な評価を行いにくい点が課題でした。そこで、文部科学省の事業をきっかけに、2013年度には、まず1年生の演劇制作について、評価方法や評価指標の開発に取り組むことにしたのです」(岡本先生)
事業を進めるに当たっては、学習評価を専門とする大学の研究者と、劇団員の協力を得ることにした。
高校教員、研究者、劇団員による評価を参考に
コミュニケーション能力を評価するルーブリック作成
演劇制作の授業には、2時間続きの授業8回が充てられた。劇団員による模擬演技の鑑賞(第1回)、演劇に関する講義(第2回)、グループごとの演劇のプロットづくり(第3回)、稽古による演劇の制作(第4回〜第7回)、上演と鑑賞(第8回)である。
演劇の制作にはさまざまな方法があるが、ここでは、予め脚本を用意せず、大まかなあらすじを決めた後は立ち稽古をしながらセリフや動きを決め、演劇を練り上げていく。演劇の内容は、これまで「探究ナビ」で行った調べ学習などに関連する事柄から、各グループが自由に設定する。「進路について保護者の意見と異なり葛藤しながら進路を決める」など進路に関連する内容が多い。
評価については、まず各授業の目標すなわち何を評価するか「規準」と「基準」を決めた。その後で複数人の教員や研究者らが実際に評価を行い、その結果を踏まえて評価基準のすりあわせを行った。
各授業の目標については生徒にも予め示した。例えば第4回は「作品の流れや組み立てを思い出すことに積極的に協力する」「友人の意見を参考に、自分たちの演技を改善するよう努力する」というような評価項目を提示した上で授業に取り組ませたのだ。
さらに、授業後には振り返りシートに自己評価と一部相互評価を記入させた。
「振り返りシートの作成では、大学の研究者からは『自分のチームのストーリー(できている部分)を書いてください』『今日の活動で、自分が果たした役割は何ですか』『今日の活動で、誰の、どんな発言がグループで演劇を作っていく上でキーとなりましたか』といった、具体的・客観的な問いの設定の仕方をアドバイスいただくなどしました」(岡本先生)
各授業の評価は、教員、演劇指導の劇団員、大学の研究者で行う。それぞれ観察シートを持ってグループ活動の様子を観て回り、授業ごとに決められた評価項目について、S・A・B・Cの4段階で評価した。授業後に評価をすりあわせてみると、教員、劇団員、大学の研究者では評価する点が異なったという。
「教員はグループをリードしているなど、一見活動的に見える発言などに注目しがちでしたが、大学の研究者や劇団員の方から、あまり発言していない生徒が発した一言が全体に影響を及ぼしたといった事例や、メンバーの体の向きや視線の交わりなどさまざまな視点が挙げられました。こうした観察の結果をもとに、客観的な評価の基準になりそうな項目を抽出してルーブリック(注1)試案を作成していきます。2014年度の11月から始まる演劇制作の授業では、これを使って評価を行う見込みです。また2014年度には、仕事調べに関する発表についても同様にルーブリック試案を作成しました<図表>。これまではどんな活動をさせるかで留まっていましたが、その結果何ができるようになったのかまで、教員、生徒それぞれが認識して、学習を進めていくことが大切だと感じています」(岡本先生)
<図表>仕事調べに関する発表についてのルーブリック(試案)
教科でパフォーマンス課題を導入
幅広い資質・能力の育成をめざす
また、大阪府教育センター附属高校では、英語、数学等の教科でも、幅広い資質・能力の育成のため、パフォーマンス課題(注2)の導入に取り組んでいる。
英語の「コミュニケーション英語I」では、オバマ大統領の演説を教材にした単元「自分を変えた言葉」を学習したあと、生徒が自分自身の「自分を変えた言葉」についてショートスピーチ(クラス内発表)を行った。「この結果、これまでペーパーテストを通して、知識がよく身についていると評価してきた生徒が必ずしもパフォーマンス課題も得意だとは限らないことがわかりました。英語の文法などを生かして文章をまとめ、自分の意見をわかりやすく伝えるといった、身につけた知識や技術を総合的に活用して、現実的な問題に対処する力は社会に出てからも必要です。知識を問うことを中心にしたペーパーテストだけをしていると、生徒本人も自分にそういった力が不足しているということに気づく機会がなく、社会に出てつまずいてしまうこともあるかもしれません。いろいろな課題に早期に取り組むことで、自分の苦手な部分を知り、トレーニングする機会を与えることが大切だと思います。逆にパフォーマンス課題の方が得意な生徒もいました。そうした生徒にとっては自信がつき、学習意欲が高まったようです。教員にとっては生徒の新たな一面を見ることができ、それぞれの生徒への指導の仕方などを考えるきっかけになりました。生徒の多様な力を観るためには、さまざまなタイプの課題を行い、さまざまな評価手法を活用することが大切であると感じました」(岡本先生)
「数学I」では、「学校の売店の店長になったつもりで、パンの販売価格を考える」というパフォーマンス課題にグループで取り組んだ。この課題は、日常生活の問題から数学的構造を見いだし、問題解決にどの数学的知識を用いるかを適切に判断する」「数式化した問題を適切に解き、問題解決の結論を述べることができる」力を測ることを目的としたものだ。問題を解く際には、数式を立てるだけでなく、文字や絵を使っても良いとしたこともあり、教員は、生徒の多様な思考のプロセスを観ることができ、生徒がどこでつまずくかがわかったという。2013年度は、どんな能力が測れるかを見るための試行で、評価は行わなかったが、2014年度以降はパフォーマンス課題のブラッシュアップに加え、評価指標の作成にも取り組む予定だ。
ほかの研究校でもそれぞれ取り組みが進んでいる。大阪府立港南造形高校の「造形演習」では、「港南造形高校にカフェを作る」という課題を出す。クライアントのニーズに合ったアイディアをまとめ、立体模型を制作して、その内容を説明するプレゼンテーションを行うという、複合的な課題をどのように評価するかについて検討している。さらに大阪府立三国丘高校では、スーパーサイエンスハイスクール事業の「課題研究II」の評価方法の開発に取り組む。
「これからは言語を活用して批判的に考える力、創造力、人間関係形成力など幅広い資質・能力が社会で求められるでしょう。これらの多様な能力を伸ばすための指導・評価を行うことは、生徒たちに、そうした力を身につけることが必要だというメッセージを伝えることにもなり、有益だと思います。また、各教科で多様な資質・能力の育成を意識して指導や評価をするようになると、これらの力を軸に、教科ごとの学びのつながりなども可視化され、さらに学びが深まっていくのではないかと考えています」(岡本先生)
(注1)ルーブリック...学習者が何を学習するかを示す評価規準と、学習者が到達しているレベルを示す具体的な評価基準をマトリックス形式で表示したもの。事前に明示した目標に準拠した観点について、何ができればどの段階にあるのか具体的に記述されているところに特徴がある。例えば大阪府教育センター、京都府立園部高校のようなものがある。
(注2)パフォーマンス課題...知識やスキルを応用・統合して使いこなすことを求める課題。例えばレポートや論文、プレゼンテーション、作品、実技などのできばえを評価する。ペーパーテストと並行して行うことで、より幅広い資質・能力を測ることができる。
※Kawaijuku Guideline 2014.9より
(本文中の所属・役職などはすべて取材時のものです)