東京学芸大学附属高等学校の情報教育公開研究会
数学教育におけるICT利用は、国際的には大きなトレンドとなっていますが、日本ではまだ必ずしも
主要なテーマになっていないのが現状です。これは、やはり日本の数学教育が「問題を解く」ということに重点を置き、「紙とペンさえあれば授業ができる」という考えが根強いことが背景にあるためと言えます。
しかし、「紙とペン」だけでは概念の理解や抽象的な思考が十分にできない生徒がいることも否めません。今回の花園先生の公開授業では、ICTを教師による説明に利用するだけでなく、生徒が考察する道具として活用する実践が紹介されました。
公開授業 数学
ICTの活用が、「紙とペン」の限界を超えた理解を促す
作図ツールを用いて方程式の見方を養う授業
東京学芸大学附属高等学校 数学科 花園隼人先生
[科目]数学II
[単元]図形と方程式
2年生(44名)
作図ツールの活用で、方程式と図形の双方の理解を深化させる(公開授業資料より)
今回の授業では、GeoGebra(※)という作図ツールが使われました。作図ツールを使うことで、生徒は数学的対象を直接的に操作することできる、計算の大変さを省くことによって計算結果が「きれいな」数値にならないような対象が扱える、時間的余裕ができることで、得られた結果を評価してもとの問題を変更したり発展したりするインタラクティブな数学的探求が可能になること、などの効果があるとされています。
GeoGebraは、座標平面上で図形と方程式を関連させて考察することや、関数のグラフを作成すること、計算機によって微分積分などの計算を施すことまでできる、総合的な数学研究のソフトウエアです。特徴的な性能として、作図した図形を並行移動させると図形の方程式も対応して自動的に変更されるので、平面幾何の知識と座標幾何の知識を関連させながらの考察が容易にできます。また、GeoGebraはフリーソフトウエアであり、WindowsとMacOSの両方の環境で使うことができます。また、iPadなどのタブレット機器でも利用できます。さらに、インターネットに接続できる環境下であれば、Googleドライブのアプリケーションとして利用することもできるため、デバイスにインストールする必要がなく、作成したファイルをクラウド上で共有することも容易にできます。
※GeoGebra
https://sites.google.com/site/geogebrajp/
今回の授業では、定点を通る
という方程式で表される図形の考察を通して、図形を表す方程式を「演算過程」と見なす見方を養うことを目標とします。この目標達成には、まず上記の方程式によって、定点を通る直線が表されることを理解することが不可欠です。
そして、演繹的な理解に先立って、
の部分に様々な二元一次式を代入して、変化を観察する操作的な活動が有効であると考えられます。この操作的活動にGeoGebraを用いることで、紙とペンだけで行うよりも多くの事例に基づいた考察ができ、また抽象的な思考や計算が苦手な生徒にも積極的な参加を促すことが可能ではないかと考えました。
「図形と方程式」の単元の学習で、生徒は集合を決める条件としての方程式の見方を養ってきました。その過程で、条件を方程式として表す学習は行ってきたものの、与えられた式によって表された条件の意味を考える学習は十分には行ってきていません。様々な方程式を多面的にとらえることは、方程式が表す図形も多面的にとらえることにつながり、方程式と図形の双方の理解の深化が期待できます。このことを目標に置いて、授業を進めました。
[授業レポート]
方程式が表す図形を作図ツールで確認する
GeoGebraを使った活動を始める前に、導入として左の(1)の例題を板書して、この方程式がどのような図形を表すかを全員に考えさせます。生徒からは、「点(2,-2)を通る直線」「傾きは2/3」という答えがさっと返ってきます。
ここでGeoGebraを使って、この直線を画面上に表します。
操作はノートPCを隣同士の2人で1台使って行います。
次に、(2)の例題を板書して同様に行います。ここまでできたら、(3)の方程式を板書し、スライダーでm、nの入力の仕方を確認した上で実際にアイコンで直線をつかんで動かしてみます。教室のあちこちから「おーっ!」という声が上がり、m、nが変化しても点(2,-2)を通る直線の動きをいろいろ試していることが見られます。
ここまでできたら、次に方程式(4)を板書し、先生から「どのような点を通る図形か」を問いかけます。(3)までの活動で、m、nがどのような数字であっても、通る点[この場合は点(-2、1/2)]は決まっていることが理解できています。
連立方程式が表す2つの直線の描く図形を考える
次に、左の(1)、(2)を板書して、「どの点を通る、どのような図形か」を問いかけ、GeoGebraを使って考えさせます。前の(1)から(4)の例題でスムーズに操作ができるようになっているので、両辺にあたる直線をそれぞれ表示して交点を出し、さらにm、nを変化させると図形がそれぞれどのように変化するかを自分達で調べていきます。
ペアである程度操作ができてから、どのようなことがわかったかを生徒に答えさせ、全員で確認します。説明している生徒のPCの画面をスクリーンに表示させて、説明を補う工夫もされていました。
→写真は上記(2)の場合
さらに、
連立方程式
2x-3y-4=0、
-x+y+5/3=0 の解は
(2x-3y-4)+3(-x+y+5/3)=0 より
x=1、
y=-2/3
であることを、板書で解いていくことで説明します。
さらにこの解は、方程式m(2x-3y-4)+n(-x+y+5/3)=0でもあるので、この図形が点(1,-2/3)を通り、またこの方程式は一次方程式なので、直線になることを確認します。そして、m、nを変えることで(2)の図形が回転しますが、その軸は連立方程式の解であることを意識づけます。
[同様にして、(1)についても説明]
最後に「『mx=ny』はどのような直線か」を同じ説明をするとどうなるか、という問いを投げかけ、原点とは x=0、y=0の交点と見ることができる、という解釈を示して、まとめのワークシートを個人で行いました。
[見学を終えて]
作図ツールと板書が補完しあって、より発展的な内容への素地を作る
この授業でGeoGebraは、問題を解決するためではなく、方程式とそれが表す図形を生徒が実際に操作して観察することで、それぞれを多面的にとらえられるという理解を助ける役割を効果的に担っていました。
学力の高い生徒達ですので、例えば後半の問題群であれば、連立方程式を解かせて、「m、nがいかなる値であっても、座標軸上では連立方程式の解となる点を通る直線になる」ことを教えれば、言葉の上では難なく理解できる内容でしょう。しかし、実際に様々な数値を入れて直線の傾きや変化の軌跡を観察することで、高次方程式や積分など、より発展的な内容への素地が養われることがわかりました。
また、黒板の半分にスクリーンを設置してGeoGebraを投影し、残りのスペースに方程式の解き方を板書することで、「Chalk and
Talk」とICTのそれぞれの良いところを活かした授業展開になることも示されました。特に、連立方程式を解いていく過程で、ポイントとなるところ(m、nの値に関わらず直線が連立方程式の解となる点を必ず通ること、など)は、先生が生徒の反応を見ながら丁寧に板書で説明していくことで、緩急のある展開が可能になっていました。
東京学芸大学附属高等学校の情報教育公開研究会
「次世代学習環境を実現するICTの活用~タブレットPC、電子黒板、クラウドでの共有~」
(10月1日東京学芸大学附属高等学校)での公開授業より