【授業事例16】
LINEを題材にした個人情報の授業
生徒になじみの深い素材で学ぶ、現実世界の情報モラル
神奈川県立麻生総合高等学校 大石智広先生
「情報」は流行に流されてもいい。リアリティこそ重要
私が常日頃、授業にあたって大切にしているのは、生徒のやる気をどう引き出すか、ということです。本来モチベーションというのは、まわりから与えられるものではなく、生徒自身が持っているものを引き出すものだと思います。私は、それを見出すスキルを教えたいと思っているのですが、そこまでやるのはなかなか難しい。
今年思いがけなく生徒のモチベーションを引き出す授業ができました。最初に、その授業をご紹介します。「ディジタルディバイド」がテーマです。
今年から始まった「社会と情報」で、本校で使っている教科書の目次を見ると、始めがいきなり「情報化社会の光と影」。本当は「情報」はもっと前向きで素晴らしいものなんだ、という話の方がいいのですが、ここは教科書に沿って「影」の話から入りました。
まず「情報弱者になると何が困るか」と生徒に問うと、「お金がもうけられない」「社会に参加できない」などの意見が出てきました。そして、「情報弱者を生み出す原因になるのは地域・経済・お金だよね」という説明をし、「情報弱者にならないために、自分で何とかできるのはやる気だね」と話しました。すると、生徒は感想に「情報弱者にはなりたくない」「情報がんばる!」と書いてきたわけです。そこで「情報弱者にならないためには、タッチタイピングもやれなきゃダメだぞ」というと、すごく真剣に取り組みました。これは当たった!と思いました。
結局「情報教育」は、社会に出た時に情報弱者にならないためのものだと思います。そして、その中で大事にしなければならないのは、実際に社会に出た時に、どんな技術・どんな考え方が必要なのか、ということのリアリティだと思いました。今学んでいる技術は社会ではこう使われているんだ、ということを、常に意識させていかなければなりません。その意味で、「情報」はあえて流行に流されるべきだと思います。現実に、今流行していることを通して普遍的なことを教えることを意識しながら、授業をしています。
サービスの利益とリスクを天秤にかけて、「躊躇する」姿勢を持たせる
ここからは、「個人情報とモラル」の単元の中で、個人情報をどう守るかをLINEを事例に学ぶ授業を紹介します。この授業のねらいを考えるにあたって、ビッグデータの時代と言われる現代、教科書に書いてあることだけでない「個人情報」をどのように教えるかをポイントにしました。
今、私達は、サービスを享受するかわりに、個人情報を会社に提供しています。例えば、生徒達もけっこう持っているTポイントカードには、個人がどこで何を買ったか、何をレンタルしたかという情報が全部入っていて、それがカード会社に送られています。要するに、Tポイントカードはタダで割引をしているわけではない。自分が何らかの情報をカード会社に提供した見返りに、割引があるわけです。
それを踏まえ、授業のねらいは、「企業サービスに個人情報を提供することを躊躇するようになること」としました。躊躇するとは、「ポイントカードを作るのをやめる」のではなく、自分の情報を提供するリスクとサービスを受けるベネフィットを比べてみて、自分にとってカードを作ってサービスを受けることが本当に利益になるのかを一瞬考える時間を作り、理性的に判断することです。
みんなが使っているサービスだからこそ、個人情報の扱い方の題材になる
これを、何を素材に教えるのかというのは難しいところです。Tポイントカードは身近ですが、統計データを使って説明しても本校の生徒には難しすぎます。そこで、素材として、LINEを使うことにしました。
LINEは、本校の場合今年の1年生が春の調査では80.9%が利用している。スマホの普及率は80%。たぶん今は90%を超えているでしょう。つまり、LINEについては、ほとんどの人が同じ情報を共有しているので、授業のネタに使えます。ツイッターは前より増えていますが、まだ50%くらい。半分くらいの生徒は、説明されてもわかりません。さらによく調べると、LINEの個人情報の扱いについて、問題があることがわかったので、個人情報の扱い方の題材になり得ると思いました。
授業は50分1コマの中で二部構成とします。
はじめに、教科書に沿って個人情報の定義、基本四情報の内容などを説明します。次に、個人情報を扱う団体について、個人情報を勝手に第三者に渡してはいけないとか、使う目的を伝えなければいけないなど、どのように個人情報を扱うかということを説明します。そして、きみたちは個人情報をどう扱うか、ということを問いかけます。
自分の個人情報は、「うかつに他人に教えない」などすぐ判断できますが、他人の個人情報はどうなのか。そこで、Aさんからの「B君のアドレス教えてくれない?今度教えるって言ってたんだけど、聞き忘れちゃったんだ」という問いかけを出して、他人の個人情報をどう扱うか考えさせます。
この質問は、後でLINEについて考えることに使うことを踏まえて考えたものです。たいてい「B君に確認する」など模範的な答えが返ってきます。これは後で重要になってくるので、こちらから「Aさんにしてみれば面倒なんだから、教えてあげたっていいじゃん」などと揺さぶりをかけ、自分のものではない個人情報を勝手に他人に渡さないことを何度も何度も確認します。
現実に自分達がやっていることは教科書に載っていることとは違う
ここまでは教科書の世界ですが、後半は「現実世界にようこそ!」ということで、LINEが登場します。先ほど述べたように生徒の80%が使っていますが、まずはLINEは何をするものかを確認します。
・友達同士チャットができる。
・通話ができる(ちなみに通話はほとんど使わない)
この「友達同士で」というところがポイントです。
次に、会員登録の時ほとんどの人が何をしているか、何をLINEの会社に送っているか問いかけます。最初は「自分のメールアドレスや電話番号を送る」という答えが返ってきますが、そのうちに「アドレス帳をLINEの会社に送っている」という答えが出てきます。これこそが今回のポイントです。
この仕組みをスライドで説明します。Aさん、Bさんのアドレス帳にそれぞれのアドレスが入っている。それをLINEの会社に送ると、友達関係だと見なして、使う際に友達登録をしなくても、自動的にチャットを始められるのです。
ここで、「でも、アドレス帳をLINEの会社に送るということは他人の個人情報を勝手に送っているということだよね」と投げかけます。ここでクラスがざわざわし始めます。自分の情報だけでなく、他人の情報も無断で送っている。3分前にやってはいけないと言っていたことを、疑いなくやっているということに気づかせたところで、自分の考えを書かせます。
他人の情報を勝手に友達に教えてはいけないと言ったのに、現実には、友達ですらない会社に送ってしまうのをどう思うか。これはけっこう難しい。「正解がないから大人だって難しい。自分はどう考えるか書いてみよう」と声をかけます。さっきまでは教科書の世界だったけど、これが現実の世界。現実の世界には正解がないけど、自分で考えなければならないことばかりだから、自分なりに考えてみよう、ということです。
ヒントとして、「LINEを使っていない人や、キミの家族の電話番号やアドレスまで伝わってしまう」「自分はLINEを信用していても、他の人は信用していないかもしれない」ということを話しています。
余裕があれば、ラインの登録でアドレス帳を送る際の確認画面も見せます。さりげなく「アドレス帳を利用して友達を探します」と書いてありますがこれはうまい言い方ですね。よく読むと「アドレス帳をラインサーバーに送り」とありますが、高校生はそこまで気がつかない。アドレス帳を送るのはマストではなく、送らなくても使えるという話もします。
生徒の反応で「アドレス帳を送ることはよくない」という中に、「今はLINEはいい会社かもしれないけれど、この先どうなるかわからない」という意見がありました。
「便利だからいい。みんながやっているからいい」という意見はもちろんありますが、8割の人が使っているからそういう感覚になるでしょう。ただ、これは、安易なようで、実は大事かなと思います。リスクとベネフィットの天秤にかけているからです。
個人的におもしろかったのは、「わからなくなった」という意見です。これは、狙い通り、生徒がちゃんと躊躇していますね。
よく考えている生徒がいる一方で、まだ考えが浅い生徒もいるので、今後は考えをさらに深めるためのグループディスカッションもやってみたいと思います。また、ポイントカードだけでなくほかのカードやサービスではどうか、というところまで広げて、一般化するための調べ学習やプレゼンにも広げていきたいと思っています。
つぶやく前にも躊躇できるようになろう
さらに、同じ単元「個人情報とモラル」の中で、SNSで発信する際に考えるべきことを学ぶ授業を行いました。
つぶやく前に躊躇すれば、ほとんどの炎上は起こらずに済んだはず。炎上させてしまった彼らは、現実ではあんなことは言えなくても、ネットでは言えてしまう。では、どうすればいいかということを考えさせ、リアルでダメなことはネットでもダメということを理解させるのがこの授業のねらいです。
まず、実際につぶやきから起きた事件をデフォルメしたものを紹介します。その上で、生徒にネットとリアルの違いがあるのか、問いかけます。
残りやすい
広まりやすい
検索されやすい
特定されやすい
これらのことは、ネットはすべて、あてはまり、つぶやく前に気をつけなければならないのは、むしろネットであることがわかります。これと同じことは、授業だけでなく学年集会でも行いましたが、それこそしーんとなってしまいましたので、響いたかなと思います。
今後の展開としては、両方ともより発展させた授業を行いたいと思っています。また、50分授業1回では短いですし、かといって1週間あいてしまうと盛り上がりが消えてしまうので、その点も工夫したいです。
※本記事は、神奈川県高等学校教科研究会 情報部会 平成25年度 第4回研究会(2013年12月25日)でお話しされた内容です。